最近のお気に入りは「自由が丘」

03・3・17

 最近のマイブーム(この言葉もやや死語になりつつありますが)は、自由が丘の街を

ぶらぶらと散策することです。

 もともと大学が慶応だったので、この4年間は、東急東横線の日吉に住んでいたので

すが、文学部だと、ちょうど2年から三田キャンパスに移るので、日吉から自由が丘で

大井町線に乗り換え、大井町で当時の国電(これこそが死語ですが)京浜東北線で田町

まで通ったものでした。今からもう、16〜18年も前のことです。

 ですから、乗り換えで降りる自由が丘は、当時から馴染みで、建て替える前の、古〜

い木造の武蔵野推理劇場で、ヒッチコックの特集をやったりして(そのころは今のよう

に封切り館でなく、名画座でしたので)通いつめたりしたものです。いまはなくなりま

したが、「いろはにほへと」という居酒屋が、駅前の通りを入ったすぐのところにオー

プンしたのもその頃で、同級生の連中と狂ったように酎ハイを飲みまくっていたのを、

懐かしく思い出します。

 30歳のとき、東京新聞で記者をやることになったので、再び東京での生活が始まっ

たのですが、ちょうど住んでいる最寄り駅の蒲田からだと、東急の目蒲線(今では多摩

川線になってしまいましたが)で、多摩川(園)乗り換えで、自由が丘、渋谷方面に行

けることに加え、たまたま知り合いがちょうど、東横線沿線に引っ越してきたこともあ

って、また、自然と足が自由が丘に向かうようになりました。

 今の自由が丘は、学生時代とはだいぶ、感じは変わってしまって、それこそ当時から

あるのは、アンナ・ミラーズぐらいのものですが(ここは変わんないワなあ)、おしゃ

れな雰囲気というか、時代のモード(流行)を発信し続けている街だと思います。歩い

ていて、シックさというものを感じ取れる街です。前はもっと、単なる「若者の街」っ

て感じだったような気がします。

 「おしゃれ」という点では、代官山がずいぶんと変わりましたが、何というか、より

都心に近いせいか(というより、都心部そのものですが)、ちょっとツンとすました

ようなところがあるのに対し、自由が丘の方は、まだ、庶民的な部分も混在しているの

で、そのへんも、歩いていて、気持ちのいいところです。

 特にいい雰囲気を醸しだしているのが、駅の南側、具体的には、住居表示でいうと、

世田谷区奥沢と目黒区自由が丘の境界線を流れる九品仏川沿いです。

 ちなみに川そのものは、このあたりは地下に暗渠という形で埋まっているので、地上

部分は木を植えた遊歩道になっています。

 このエリアでは、オープンスタイルのフランス風のカフェがいくつもできています。

 いまの時期は、本場・パリのやり方をパクッたのか、テラスのテーブルの前に大きな

ストーブを置いている店もあって、そこに座って、道行く人を見ながら、コーヒーを飲

むのもオツなものです。だいぶ、感覚的にフランスに近づいてきたと思います。

 あと、自由が丘でいいのは、おしゃれな雑貨屋が多いことです。

 最近、アジアン・スタイルのランプシェードを買いましたが、アジア風、ヨーロッパ

風と、そういった食器や小物、装飾品を扱ったお店が、ふらふらと歩いていると、ここ

そこにあります。

 そういうお店は、結構、身なりのさっぱりした、お嬢系のおねえちゃんが、ふらりと

品定めしていることがままあるので、そういうおねえちゃんを遠くから眺めるのも、い

い目の保養になります(笑)。

 「諸行無常」という言葉の通り、「もろもろの行いは常ならず」、すなわち、万物は

流転する、ということだと思います。それはひとりの人間も、そうした人間が作りだす

街も、同じだと思います。

 渋谷は学生時代と比べると、層が低年齢化して、いまは中学、高校生といったガキの

街になっちゃったって感じですね。以前はそれでも、大学生から社会人1、2年目くら

いの人でも、自然と溶け込める街だったように思えますが(#よく、ビッグ・アップル

とか、センター街の奥まったところのビルの6階ぐらいにあったスター・ウッズといっ

たディスコにも行ったもんだな。ま、この「ディスコ」も、もはや死語やけどな)。

 その点、自由が丘は、まだ、私のようなオッサンでもついていけるんで、そのへんが

有り難いところです。ですから、ここしばらくは自由が丘巡りが続きそうな気配です。

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