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じつは私は幼い頃から、いわゆる格闘技系のスポーツが大好きで、小学生の頃は休み 時間になると、相撲ばっかりやってました。 小学6年のとき、町の相撲大会で(当時はまだ私は身長が160センチもなく、ガリ ガリでした)、学年でいちばん体の大きかった子を、真っ正面から土俵際へ寄り倒す“ 大金星”を上げるなど、自分で言うのも何ですが、強い方だったと思います。ですから 当時は、半分本気で大相撲に入門しようかというくらいに、思ってました。 まあ、そういった原体験もあって、相撲はもちろん(もっとも、最近の八百長告発以 降は遠ざかってますが)、プロレスも好きで、ずうーっと見てきています。 プロレスを真剣に見るようになったのは、80年代初頭に高校に入ってからなのです が、当時はまさに新日本プロレスの黄金時代で、「金八」、すなわち、金曜日の夜8時 といえば、テレビに齧りついて、このプロレスを見てました。 タイガーマスクがデビュー戦で、ダイナマイド・キッドを華麗なジャーマン・スープ レックス・ホールドでフォール勝ちしたのは、今でも覚えていますし、田園コロシアム での「スタン・ハンセンVSアンドレ・ザ・ジャイアント」の超スーパーヘビー級対決 も忘れられません。長州力が「オレは貴様のかませ犬じゃない」と、藤波辰巳に噛みつ き、「革命軍」、そして、「維新軍団」を結成して、マット界を席巻したのも、ちょう どこの頃です。 それから、プロレスに関しては、私はほぼ一貫してウォッチングしつづけているので すが、ここ最近は、PRIDEやK−1といった総合格闘技に押されてしまっているの が実情です。 例えば、この大晦日でも、何と民放が3局も紅白歌合戦の向こうを張って、こうした 総合格闘技のイベントを生中継し、とりわけ、K−1のイベント「ダイナマイト」では 「曙VSボブ・サップ」の視聴率が40%を越え、何と紅白を凌いでしまったわけです。 でもって、プロレスの方はというと、ゴールデンタイムに視聴率20%台を出してい た時代は「今は昔」で、現在、地上波でやってる新日本プロレスも、プロレスリング・ ノアも、いずれも放映時間は深夜で、視聴率も2―3%程度です。 ファンの中には、「プロレス派」、「総合格闘技派」と、いろんな“派閥”があって (笑)、自分たちの贔屓にしている団体や選手を熱狂的に応援する一方、自分の好みで ない団体にはかなり攻撃したりしているようですが、まあ、私は比較的、どこもまんべ んなく見るタイプなので、そういう立場から言っても、総合格闘技というのは、見てい て、非常にわかりやすい。 つまり、「世界最強は誰なのか」といううたい文句のもと、強い者同士を単純にぶつ けることで、プロレスの持っていたいわゆる“ショー”としての「見せる部分」を排除 して、いわゆる「ガチンコ」の勝負に徹しているわけです。 最近、よく「秒殺」という言葉を聞きますが、試合開始からいきなり決め技に持ち込 んで、相手のKOを奪うということも頻繁にあります。 これは従来のプロレスが、1試合15分なり、20分、そして、場合には30分を越 える長い時間の中で、お互いの持っている技を最大限に引き出し合いながら、最終的に 決着を図るというパターンとは、いわば対極にあるともいえます。 そこに輪をかける形で、新日本プロレスのレフリーだったミスター高橋が、演出とい うか、ヤラセというか、そこは見る人の判断によって微妙な差はあるかもしれませんが 、そういったプロレス界の内幕を暴露したことも、大きな反響を呼びました。こうした 流れもあって、いまや「プロレス派」は、PRIDEやK−1といった「総合格闘技派 」に押されまくっています。 実際、プロレスラーも何人かは総合格闘技のリングに上がっていますが、結果は惨憺 たるものです。それもあって、「やっぱ、プロレスは八百長なんだろ」という「総合格 闘技派」の意見の前に、「プロレス派」は肩身の狭い思いをしているようです。 もともと、プロレスの中には、総合格闘技的な「真剣勝負」の部分と、「ショーマン シップ&演出」の部分が混在していました。それが1984年のUWFの設立以降、そ ういったシューティングな試合を追求しつづけてきた実験が、ようやく10数年の歳月 を経て、市民権を獲得してきたのではないか、というのが、私の見方です。 そうなってくると、プロレスが生き残りを図るには、アメリカのビンス・マクマホン 率いるWWE(旧WWF)のように、楽屋裏の様子をテレビカメラに映し出し、脚本家 までつけてストーリーを組み立て、ショーマンシップ路線に特化させていくというのも 一案でしょう。 ただ、日本人というのは、昔から武道や柔術など、ガチンコ系格闘技に対する目はか なり肥えていますので、まあ、WWEというのは、あのアメリカだからこそ成功した方 法なのかもしれません。 逆に、プロレスが生き残るためには、そういった総合格闘技との「交流試合」を避け “鎖国”に徹するというのも、一つの選択肢かもしれません。それは、「総合格闘技」 という名の「暴風雨」を避け、じっと洞穴で相手の凋落を待つという発想でもあります が、それでは“縮小再生産”というか、あまりにも後ろ向きであるような気がします。 その意味では、フリーランスのプロレスラーである前IWGP王者・高山義廣の「あ らゆるスポーツの中で、いちばん強いのがプロレスラーのはずじゃないのか。そうした 夢を売るのがワシらの商売だろ。それ(=総合格闘技)から逃げてどうすんだ」との言 葉に、私などはいちばんリアリティーを感じます。 まったくの門外漢である私ですら、この程度のことは感じているのですから、当事者 にとっては、かなり深刻な問題だと思います。 そこで、ミスター高橋は「プロレスはそもそもショーなんだから、真剣勝負の総合格 闘技とまともにやりあえるはずがない。だったら、そうであることをはっきりとカミン グアウトすればいいじゃないか」とさえ言ってます。ただ、当事者にとっては、それは なかなか難しいでしょう(大相撲が今なお、「八百長」の存在を公式には否定している ように)。プロレスにシンパシーを感じてきた立場からすれば、やっぱり、総合格闘技 にもガンガン切り込んでいってほしいですね。 その意味では、この1月4日の新日のドーム決戦で高山を破り、デビューからわずか 1年半にして、23歳の若さでIWGP王座に就いた中邑真輔が、敢えて「総合格闘技 との二足の草鞋を履く」という、「イバラの道」に踏み込むことを宣言しています。 私にとっては、この「高山VS中邑」戦は、「曙VSサップ」に匹敵する見応えがあ りました。 最後の最後まで高山に一方的に攻めまくられながら、必殺のエベレスト・ジャーマン をカウント2で返した後、すかさず電光石火の腕固めでギブアップを取りましたが、見 ていて、中邑のいったいどこにあの爆破的なエネルギーが残っていたのかと思うほどで す。 もし、プロレスが、本気でかつてのようなブームを取り戻そうとするなら、こうした 高山、中邑といった、「負けて、すべてを失うかもしれない」との覚悟で、プロレスラ ーの側が総合格闘技に切り込んでいくことしかないと思います。 |