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フリーの物書きとなって、第1作目がこの本です。
もともと、新聞記者時代から、「創価学会=公明党」の問題には、さしたる関心はなかったのですが、99年に入ってから、自・自・公路線が顕在化していくなかで、一連の重要法案が、コウモリの寝返りにより、例の第145“土石流”国会で一挙に成立してしまったことに、一市民(=民衆、もしくは土民)として、根源的な疑問が沸いてきました。そこから出発して書いたのがこの本です。
手前ミソで恐縮ですが、「創価学会=公明党」に関して、詳しい知識がほとんどない人でも(取材を始めるまでの私がそうでしたから)、この本を読めば、池田大作と頂点とする信濃町の組織、カネ、選挙、そして、政教一致の実態が、かなりわかってくると思います。
なお、月刊誌『技術と人間』の1999年11月号に掲載された書評記事(「今月の本棚」)を紹介しておきます。
まったく無名の一ライターが書いた本であるにもかかわらず、内容をしっかりと捉えて紹介していただけたのは、非常にありがたいことでした。
と同時に、毎号、「科学技術と人間」のテーマを中心に、さまざまな社会問題に対してシャープに切り込んでいる硬派な雑誌が、いち早くこの『システムとしての創価学会=公明党』を取り上げ、一定の評価を与えていただいたことへの慧眼に感謝する次第です。
以下抜粋
<いま公明党が注目をあつめている。自自公連立の立役者だからである。しかし公明党と組むことについては、連立相手の自民党のなかからも危惧の声があがっている。もちろん議員さん自身の支持基盤の問題(つまり選挙がらみの利害)もあるだろうが、公明党のもっているある種のウサン臭さに敏感に反応している部分がないとはいえない。
一般の市民、無党派層のひとりである私なども、この党には、なにかそういった感じがつきまとっているように思えるのだ。党の顔であった竹入義勝元委員長が朝日新聞に回顧録を執筆しおわるや否や猛烈な批判を浴びせているという話は聞いていたが、公明党が政党として正常に機能していたころの竹入・矢野ラインは比較的安定していたようにみえたものだ。ところが気づいてみると、浜四津さんとかいう女性がこつ然と代表になったかと思うとつぎはまた神崎さんという人が党を代表するようになる。神崎さんという名前には覚えがあるが、浜四津さんという人はまったく無名だったはずである。このような外からみてのわかりにくさが、ウサン臭さとなるのだろうか。
この本は、公明党という政党を創価学会と一体のものとして捉え、そのなりたちからときあかして、選挙のさいの抜群の集票力や集金力の秘密に迫ろうとしたものである。
著者はいう。結論から先に言えば創価学会は公明党の「支持母体」どころか「指示母体」そのものである。とどのつまり、公明党とは「創価学会政治部」そのものであり、創価学会(=池田大作)が「太陽」であるとすれば、公明党は「月」でしかない。要するに創価学会の実質的オーナー池田大作の意向抜きに、公明党は何ひとつ重要な意志決定などできない、というのが実情である。
そして、このような見地からまず、創価学会のまちとして有名な信濃町付近のルポからはじまる。
なるほど、慶応病院の道路をへだてた向う側、JR信濃町の北側一帯は学会関係の建物でおおいつくされていることがよくわかる。
つづいて「創価学会と池田大作の歴史」と題して牧口常三郎、戸田城聖といった創価教育学会の創立者たちの人となり、戦後、創価学会と名をかえてからのちの躍進を池田大作の活動とからめて描き、池田大作が第三代会長として権勢を得るまでの過程を追っている。
第三章はこの党の最大の問題点、「政教一致」か「政教分離」かを論じた「創価学会と公明党『政教一致』の実態」である。ここでは、学会の政界進出の経過がたどられ、国会から地方議会の末端にいたるまで公明党がいかに学会に従属した存在であるかが、るるとのべられている。
四章は集票マシーンとしての学会選挙、五章は「集金マシーンとしての創価学会」である。
集票、集金にまつわるエピソードを重ね合わせて学会活動のすがたを追っていて、読ませるのだが、いまひとつ決定打がほしい。いずれにしてもこの本は、新ガイドラインにはじまり、盗聴法、国旗・国歌法、国民総背番号制という、日本の進路を決定づける反動法案をつぎつぎに成立させるのに手を貸し、ついに政府与党になった公明党とはいかなる党であるかを知るために役に立つ。気軽に読めるのもよい。>
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