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さて、前回の本サイト(03・5・24)で、私が日本中のあらゆるメディアに先駆 け、「重病説」の出ている池田大作・創価学会名誉会長の病状を、学会中枢に近い信頼 できる筋の話として、「かなり深刻な脳系の疾患、すなわち、脳梗塞」であるとスクー プしました。「主」不在の信濃町も、もうまもなく1カ月を迎え、さすがに、上の言う ことは何でも素直によく聞く、純粋無垢な一般の学会員からも、「本当に池田センセイ は風邪なのか?」という動揺が、私の耳にも入ってきています。 が、そこはかつてのソ連・中国、そして、現在の北朝鮮並みの閉鎖性、秘密主義を誇 る信濃町ですから(笑)、ここ数日の聖教新聞では、「池田センセイは元気に内局の幹 部や青年部の幹部に会って、激励している」という、“デマ”(=ニセ情報)を流して、 組織内の動揺を抑えようと躍起になっています(#毛沢東も、病気で倒れると、川で 泳いでいる写真を新聞に掲載して、“健在”をアピールしとるから、それとまったく同 じ手口やな)。 しかし、「真実」とは、どんなに抑え、隠そうとしても、隠せ通せるものではないの です。 池田センセイの病状は、学会広報室の“大本営発表”にあるような、「風邪と疲労が 重なり体調を崩された。現在は元気にしております」というレベルではなく、相当、深 刻な状況であることは間違いありません。 んで、今回は、脳梗塞で倒れた池田センセイの病状を私なりに分析するとともに、今 後、学会内の権力基盤がどう変化し、政局などに与える影響はどうなのかを考えてみた いと思います。
今回、「池田大作緊急入院」の一報が駆けめぐったのは、ゴールデンウィークの真っ 只中の、4月30日のことです。 これまでに「池田センセイ重病説」は、特にこの半年ほどはしつこいほどに流れ、そ の度ごとに大新聞や週刊誌の記者がウラ取りに走り回ったものの、必ず「ガセ」でした。 そして、そうしたガセぶりを裏付けるように、センセイは颯爽と聖教新聞に登場し、 外国の要人と会見したり、八王子の創価大学に出没しては、若い学生に例の「大作節」 でゲキを飛ばし、そして、そのコメントがダーッと聖教新聞を埋め尽くしたものです。 しかし、今回は『週刊新潮』が5月22日号で報じているように、4月20日付けの 聖教新聞にパラグアイの大学から名誉博士号をもらったのを最後に、センセイの動静は ぷっつりと途絶えています。
そして、何よりも、極めつけだったのは、池田センセイの第3代会長就任記念日であ る5月3日に、姿を見せなかったことです。これは最も重要なポイントです。 創価学会にとって5月3日は、会の創立記念日である11月18日よりも大事で、こ こで必ず毎年、センセイはスピーチを行って、何らかの大きな方針をアピールすること がままあります。 特に、今年は統一地方選で、マルハムが「全員当選」をやって、「快挙だ快挙だ」と 触れ回っているわけですから、こうした“大勝利”の直後の5月3日に、あの性格から して、センセイがしゃしゃり出てスピーチをしないのはおかしい。というより、本来な ら、こんなことは絶対にありえません。わかりやすく例えるならば、年に1度の株主総 会に代表取締役の社長が欠席するようなものです。 それだけ、今度の事態は「異常」なのです。
んで、広報室が言うように、もし、「風邪をこじらせた程度」であれば、100歩譲 って、5月3日はドタキャンでも、まあ、2〜3日後とか、遅くとも1週間後にでも、 みんなの前か、もしくは本部幹部会に出てきて、「スマン、スマン、みんなに迷惑をか けて申し訳ない。ほれ、私はこんなに元気です」とさーっと出て、「今度の統一地方選 は本当にご苦労だった。仏法は戦いである」と、例によってまくし立てなければなりま せん。ですから、こんなにも長い間、幹部や一般会員の目の前に姿を見せないことは、 センセイのお体がご健康であれば、絶対にありえないことなのです。 ちなみに、「池田重病説」を、5月15日の同日発売の『週刊新潮』と『週刊実話』 が書いてから、ちょっとヘンな池田センセイの“動静記事”が聖教新聞に出始めます。
まずは5月21日付けで、内容は「20日に全同志に和歌を贈った」というもので、 香峯子婦人と2人で立ったまま写っている「20日」の日付の写真が掲載されています。 そして、5月23日付けでは、「22日、聖教新聞本社で相談役の青木亨や代表理事 の原田稔らと機関紙のさらなる発展に向けて協議し、和歌を贈った」とあり、ここでも 側近らと一緒に、記念写真のようなお立ちのPが掲載。 んで、5月26日付けでは、25日に信濃町の創価文化会館で、例の総合青年部長・ 佐藤浩クンら青年部の幹部を激励したことになっていて、ここでもあたかも“センセイ 健在”のアリバイを作るかのように、青年部幹部と一緒に、センセイが真ん中に立って、 ダーッとつっ立っているだけの、味も素っ気もない写真が掲載されています。
しかし、いずれの写真にも共通していることは、のんびりとどこかの観光地で記念に 写したものを彷彿とさせるように、センセイが直立不動で、ただボーッと突っ立ってい るだけで、何とも不自然なことに、動きがまったくないのです。 聖教新聞の池田センセイの動静を伝える写真を見ればわかるように、だいたいセンセ イの身振り手振りがあって、若者にぎゅっと握手をしたりとか、センセイの感情や息づ かい、そしてオーラが伝わってくるのがフツーなのです。 んで、私も、そのときのセンセイの表情、目つき、顔色を凝視しながら、「おうっ、 センセイも相変わらず元気で、頑張っとるな。よっしゃ、負けておられんで」と、私も 信心深い一般会員と同様、励まされ、元気づけられているのですが(笑)、今度の一連 のセンセイの直立不動写真には、それがないのです。 もし、本当に聖教新聞の幹部や青年部の幹部を激励したのなら、握手をしたり、何か を指示しているような、動きのある写真があってしかるべきですが、そうではない。ほ んとにおかしいというか、ヘンなのです(#もっとも、いま、ワシがこういう指摘をし たんで、これからはゴマンとある過去の膨大な写真の蓄積から、今度はちゃんと動きの あるものを引っ張りだして、「大丈夫、センセイは元気です」と捏造する可能性はある がな。あと、随筆は代作局の連中が書いてくれるし、和歌も詩歌もストックは腐るほど あるんで、それをちょこちょこ手直しすれば、ナンボでも量産できるわな)。
そこで、私はセンセイの「脳梗塞」という病状まではスクープしましたが、申し訳な いことに私の力量不足で、その脳梗塞の程度がどのくらいで、梗塞を起こした部位が具 体的にどこで、そして、そもそも倒れたのが、いつ、どこで、どんな状況で、そして、 いま、どこの病院に入院しているのかは、本当に申し訳ありませんが、まだ、つかめて いないのです。 んで、私も脳梗塞について、いろいろと専門医とかに聞いて回って調べてみたのです が、梗塞を起こした部位が、大脳の皮質とかだとまだ回復の見込みもあるそうですが、 それが、もし、脳幹をやられていると、まず、回復は無理で、よくて植物状態だそうで す。
で、「脳梗塞で倒れた政治家」といえば、有名なところでは、田中角栄、そして最近 では小渕恵三がいます。 小渕の場合だと、2000年4月2日未明に倒れて、順天堂医院に緊急入院し、約1 カ月半後の5月14日に亡くなりましたが、当時、青木幹雄官房長官が病室の小渕を訪 ね、小渕から「有珠山噴火の心配もあり、何かあれば万事よろしく頼む」と言ったと、 青木はウソをつきましたが、小渕がICUで人工呼吸器をつけて治療を受けている写真 をスクープした『フライデー』の00年6月21日号によれば、実際にそのときの小渕 の意識状態は「JCS2から3」だったといいます。 JCSとは、患者の昏睡状態を表す数値で、「2」は、「見当識(=今日が何月何日 で、今、自分がどこにいるかわかる)に障害がある」、「3」はもっと重く、「自分の 名前、生年月日が言えない」という状態で、JCSが「2から3」であれば、患者の思 考はほとんど正常に働かず、口が聞けない状態です。ですから、「有珠山の噴火もあり …」というような文言は、絶対に言えるわけがないのです。
このように、小渕の場合は、かなり症状の重い脳梗塞だったため、倒れてから、ほと んど意識が回復しないまま、約1カ月半後に亡くなったが、一方、田中角栄の方は、同 じ脳梗塞でも、その後のリハビリで外出できるまでには回復しましたが、手足と言語に 障害(マヒ)は残っています。何度か、テレビで、政界引退後の角さんの姿が映し出さ れたことがありましたが、顔にもマヒが残り、ただ、わんわんと涙を流すだけの一老人 に過ぎませんでした。 それゆえ、倒れてからのちは、自らの肉声でメッセージを発することはできなくなっ たために、「政治家としての田中角栄」は、脳梗塞を発症した時点で死んでしまったと 言っていいと思います。
その点、池田センセイが、いま具体的にどういう状態であるかはわかりませんので、 何ともいいようがありません。 実は私の知っている人で、70歳を過ぎた男性で、脳梗塞で入院し、一時は意識不明 の状態に陥ったのですが、その後、奇蹟的に全快し、言語も体のマヒもまったく残らず、 元気に過ごしているというケースもあります。 ですから、いま、池田センセイの病状がどのような状態で、そもそも、いま、意識が あるのか。自分が誰で、いま、どこにいるかという自覚があるのか。言葉を発すること はできるのか。そして、病変の部位がどこで、そして、それは手術で切開できるのか。 そして、治療後のリハビリで、今後、センセイの機能がどこまで回復するのか。とりわ け、言葉をちゃんと話せるようになるかが、いちばん重要であると思います。
もし、今後、池田センセイが回復したとしても、角さんのような言語障害が残り、車 椅子の生活を余儀なくされるとすれば、「政治家としての池田大作」は、残念ながら、 終わったということだと思います。 なぜなら、人間はコトバによって生きているからです。 コトバによって、人間を励まし、また、政敵を追い落とす。人間はそういう生き物だ からです。 それゆえ、あの当意即妙で、聴衆を笑い渦に巻き込む、あの「大作節」のスピーチが 今後、一切できない、そして、あのアジテーション出しまくりの「詩」を生み出すこと がまったくできない、というのであれば、彼のパワーは半減どころか、何十分の一にも 低下してしまいます。つまり、目の前にいる池田大作は、残念ながら、もはやかつての 池田大作ではなくなっているからです。
ですから、こういう状態で、いま、「ポスト池田体制」というところに踏み込んでま で予測することはまだ難しい要素がありますが、とにもかくにも、センセイの詳しい「 病状」という、「個人情報」、すなわち「プライバシー」を詳細に知りえる人間が、当 面は、学会内部で権力を握ることができるということになる、といえると思います。 そこで、内部でセンセイの病状を逐一、正確に把握できる人というのは、まずはファ ミリーの香峯子夫人(+長男・博正、三男・尊弘)です。特に香峯子夫人は正妻という ポジションにいますので、逐一、病状の報告は入っています。 あとは、内局の最高首脳である会長の秋谷栄之助、そして、次期会長候補の最右翼に いる、“秘書室長”の原田稔。この2人には正確な情報は入っています。
んで、こうした「司令塔不在」という状況がいま、信濃町で進行していることを裏付 けるエピソードとして、ある学会中枢に近い筋は「(池田)先生が入院していないんで 決裁が仰げずに困ってる(笑)。どうしたらいいんだ」と漏らしています。 というのは、池田センセイは、創価学会・公明党の人事、カネ、戦略はもちろん、創 価学園の合格発表者の名前、日々の聖教新聞のチェック(本人の写真から、中傷座談会 への赤入れまで。ちなみに聖教新聞はセンセイのOKが出ないと、印刷に回せない)、 会館施設の工事費の見積もりや支払いといったように、ありとあらゆる情報を上げさせ て、本人が決裁、承認しています。
ただ、信濃町は官僚機構がしっかりしていますので、とりあえずは、「決裁官」がい なくても、会を統理する「会長」(=秋谷栄之助)がいますし、ちゃんとラインに乗っ かっている他の幹部もいますので、とりあえずは組織は動いていはいきます。 ですから、当面、会の運営は、秋谷栄之助、原田稔ら長老組の内局最高幹部らによる 「集団指導制」で、進んでいくものと見られます。 で、とりあえず、この秋谷、原田の2人と、あとは、広報室の事実上のトップである 山崎尚見、弁護士グループのトップである八尋頼雄、それと青木亨という“五大老”に よる合議制で、当面の会運営は行っていくと思われます(#本来なら、これに理事長の 森田一哉が入るが、このオッサンもいま、病気療養中で入院しとるという話だから、回 復すれば、このオッサンも入るだろうがな)。 んで、解散、総選挙に関しても、とりあえず、年末から年明けの衆院解散、来年夏の 参院選と、「時間差ダブル」の方針は既成事実化してますので、そこに向かって、夏ぐ らいから本格的な選挙体制に入っていきますので、大きな問題はありません。また、日 々の公明党の方針も、「秋谷栄之助―野崎勲」の組織センターのラインがしっかりして いますので、センセイ不在であっても、とりあえずは、これまでの“永久与党”の流れ に沿ってマルハムは動いてはいきます。 ただ、池田センセイの持つ、政局を読み取る独特な嗅覚、そして、動物的なカン、例 えば、1974年に公明党の頭越しに「創共協定」を結んだり、この「99年体制」で、 “池田大作保護法”を作るために、自・自・公の与党入りを決めたり、最近では、一 昨年の小泉政権の発足直後、「ハンセン病解決」に向け、国に上告断念させるため、厚 生労働大臣の坂口力に辞意を漏らさせるなど、こうした「アッと驚く仕掛け」は、セン セイではないとできません。 現段階では、池田センセイがいつごろをメドに、どこまで回復するのかがまったく見 えていない以上(もしくは、もっと病状は重く深刻で、意識回復も難しいのか)、とり あえずのところ、これくらいのことしか言えません。 そして、一般に言われている長男・博正への世襲ですが、秋谷サンの創価学会の会長 職は06年の7月までありますので、たとえ、その間のセンセイが亡くなるという事態 があっても、博正の会長就任はまずありえない。お坊ちゃんの博正にこの創価学会を引 率する力量はないですし、むしろ、博正が継ぐのは、「反戦平和」のお題目を唱えるだ けで、日常の汚れ仕事(=カネの管理、永田町との関わり)をしなくても済む、「SG I会長」の方でしょう。
んで、池田家でいちばん発言力のあるのは、夫人の香峯子ですし、それに彼女は集票 マシーンの原動力である婦人部をがっちりおさえていますので、内局の最高首脳らにし てみると、どうやって「池田ファミリー」という“虎の衣”を借りて、自らの権力基盤 を強化する、ということ腐心するのではないか、と思います。 そこで、香峯子夫人にスリ寄っていき、例えば、池田センセイがリハビリで復帰して きた暁には、たとえ、センセイが十分にコトバを話せるまでに回復してなくとも、香峯 子の信頼というか、寵愛を得ていれば、「センセイはこう言っておられます」と、「現 代のご本仏のお言葉」を振りかざして、自由自在に会の運営をを振り回すことができま すので(笑)。 ですから、内局の最高首脳のうち、誰が香峯子の寵愛を受けることになるか、という ことが、今後の最大のポイントでしょう。 つまり、太閤秀吉の死後、「五大老」が取り仕切って、政権を運営していきますが、 そこで家康が頭角を現すことができた大きな理由の一つに、秀吉の正妻である北政所・ ねねの後ろ楯がありました。おそらく、これと同じことが今後の信濃町の運営でもいえ ると思います。「池田家の意向」というカード(=錦の御旗)を使って、うまいこと、 会を運営していくということです。
という感じで、池田センセイが完全に回復して、元通りに復帰すれば話は別ですが、 そうでなければ、当面、このまま「五大老」による集団指導体制で進んでいき、まあ、 その中でアタマ一つくらいは抜け出している、秋谷栄之助、原田稔のふたりによる、隠 微な足の引っ張り合いぐらいは起こるかもしれませんが。 (#一般には、事実上の「第一庶務室長」である原田稔が、池田ファミリーに最も近い とされとるんやけど、内務官僚でただ声がデカイだけのこの原田のオッサンは、第一マ ル女の世話をセンセイにやっとったりしとったから、案外、香峯子サンはそのへんの空 気を敏感に感じ取ってて、むしろ、秋谷のオッサンの方になびくかもしれんな。オンナ 心ちゅうもんは微妙だからな。ま、野崎勲は秋谷にくっついて、原田を牽制しながら、 次期会長ポストの“禅譲”を狙うような気がするんだがなあ…)
最後に、「ジャーナリスト」という鎧を脱いだ、私個人の池田さんへの思いを綴りた いと思います。やっぱり、ひとりの人間として、池田さんには一日も早く、完全に回復 してほしいです。そして、あの元気な姿をもう一度、聖教新聞で見たいですね。 #そういえば、昨年12月24日付けの本サイト記事「『秋谷失脚』を狙う“池田紅 衛兵”の存在」でワシ書いた、「創価学会3人組」らが関わったNTTドコモ電話記録 窃盗事件の「余罪」で、ケーサツがわざとシカトして立件しなかった被害者2人が、こ の5月14日に東京地検に告発状を出して、翌々日の16日に、ぬわんと特捜部が受理 したそうやな。これはちゃんと捜査したら、ロッキード事件の田中角栄以来の「超大物」 がパクれるかもしれんで(笑)。 もっとも、これには信濃町も死に物狂いで、政治的圧力をかけるだろうから、ほんと に特捜部がきちんと捜査できるか見物やな。ま、ケンサツは「三井事件」の不祥事もあ るし、それに今回の事件は、コトが「通信記録の窃盗」という、いま、大モンダイとな っている、「個人情報保護」の根幹に関わる話やから、まさにこれこそこの前、国怪で 成立した「個人情報保護法」をビッシビシ適用して、立件するネタやで。 |